生きる(仮)

DIE FROM LOVE

2018年のシーズンを終える/泣いた後に咲くその花は

去年のシーズン最終戦 グラウンドからの帰り道に 山田さんは「やっぱり悔しいですね」と言って泣いたという
試合自体は見ていたものの まあ~まあまあな負け方だったこともあり 終了後のセレモニー類を一切見ることのなかったわたしが その出来事を知ったのは夜が明けてからのことだった

96敗!借金51!と 天文学的な数字を残したヤクルトちゃんの昨シーズンを
1から143まで見届けてなお 「しんどかったけど楽しかったな」などととぼけた感想を残していたわたしにとって
山田さんが悔しさから涙したという事実はかなりショッキングなものだった
大事な推しが 当事者たる推しが泣いているのに わたしが楽しかったもクソもあるかボケ!
シーズン中さんざん推しとの向き合いかたについて頭を悩ませ 自分なりに答えを見出そうとしていたにもかかわらず 山田さんが泣いた瞬間スタート地点へ戻ってしまった
そしてその涙を見ることなく その涙と向き合いながら新しいシーズンが始まる

去年はいかにして推しを信じるか あるいはいかにして推しを信じられない自分と戦うかという部分にずっと重きを置きながら 半年間のシーズンを乗り越えたものだけれど
今年は信じる信じないというよりとにかく「見守る」というスタンスでいた もはや「見張る」と言ったほうが近いかもしれない
推しの言葉を 表情を 挙動を ひとつひとつ拾い上げては勝手に深読みして一喜一憂して オタクも行きすぎるとストーカーだなと思った
でもまた泣かれたら困るじゃん
幸せになってもらわないと……困るじゃん……
わたしが推しを見張ったところで直接苦しみを取り除くことも直接幸せにすることもできない 当たり前だ だからこそこっちも苦しめられたしもうこんなんやめたる~!!と無限に思った
でもあきらめきれなかった山田さんの幸せを

去年を経てどんな心境の変化があったのか 今年の山田さんは去年よりずいぶん感情を表に出すようになっていた
ボールだと思って見逃した球がストライク判定されると露骨に不満顔になるし それで見逃し三振になろうものならリアクション芸人と化すし
申告敬遠で1塁ベースを蹴り上げたことも 盗塁が取り消されてうなだれたことも サヨナラヒットを打った川端さんを満面の笑みで抱き上げたこともあった
言葉ひとつとっても調子と機嫌のいいとき悪いときがわかりやすくてある意味よかったかもしれない(連続打点記録を更新したのにチームが負けたからということで「なにもない」とか言われた日はショックで死んだ)
それがどんな感情であろうと安心できたし愛せた
死んだ目をして淡々と試合に臨みつづけ 最後だけ泣かれるより悪いことはないので……

そして6月28日 サヨナラホームランを放って立ったお立ち台で 山田さんは確かに
「野球やっててよかったなって思います」
と笑った 去年のあの日 野球に泣かされた人間が
丸3年間山田さんを見てきて いちばん大きな出来事だった
もちろんわたしの知らないところでたくさん泣いているかもしれない苦しんでいるかもしれない でもふだんなにを考えているのかわかりづらい山田さんが 公の場できっぱり「野球やっててよかった」と言ってくれた それほどの瞬間が山田さんに訪れたのだから
それだけでもいいシーズンだった
結局わたしが見張るまでもなく山田さんは強かった 平然と3度目のトリプルスリーをやってのけたし 盗塁王はじめ数え切れないくらいの記録を残すシーズンになったし
去年歴史的大敗を喫したヤクルトちゃんは今年 奇跡の貯金9でシーズンを終えた この人たちは世界を変えられるかもしれないと本気で思った
でもいちばんは山田さんが「野球やっててよかった」と言ってくれたことだといまでも思っているよ

先日ツイッター上で 去年の最終戦 グラウンドから引き揚げる山田さんを収めた写真を見つけて
なんというか ほんとうに泣いていたんだなと思った 想像よりだいぶ泣いていた 目を真っ赤にして 遠目からでも泣いているとわかりそうな様子だった
そして今シーズンのレギュラーシーズン最終戦 赤と青の大きな花束を持って レフトライトかかわらずコールが湧き上がるスタンドに 堂々と頭を下げる山田さんを見ると
あきらめないでいてよかったと思わざるをえなかった 山田さんもあきらめないでいてくれてありがとう



そういえば球場へ足を運ぶようになってからまだ半年しか経っていない


resultmoon.hatenadiary.jp


オープン戦2試合を現地観戦してからも レギュラーシーズンについてはノープランでいた 行けるときに行けばいいやというゆるいスタンスでいた結果
計25試合を現地で見てわたしの2018年シーズンは終了した
0か100かしかないんけ?

「この目で見ないとわからないことがある」という気づきが球場へ行くようになるきっかけのひとつだった
結局いまのいままでその気持ちに突き動かされてきたという感がある 弾丸で行くときは決まって山田さんの調子が思わしくないときだったし
まあこの目で見たところでわからないことはわからないが

そういうときの現地観戦 当然ながらつらくなることもアホほどあった きょうは行きたくないな……と思う日すらあった 行くなよ 仕事かよ
でも自宅でじっとしているよりよっぽどいい 去年の学びを何度も実感させられたよ
結局のところ現地で見たことを後悔した試合はひとつたりともない

つらいことと同じくらい楽しいことが多かったという部分もでかいと思う
9回裏2アウトから大引先生のホームランで追いついてぐっちさんのタイムリーでサヨナラ勝ちした5月のカープ戦 山田さんの通算150号ホームラン 今季唯一のビジター観戦だったハマスタでハッピーバースデーを歌ったり
燕プロの奇跡 なんだかんだ現地で見届けられたトリプルスリー達成の瞬間
貴重な景色ほんとうにたくさん見させてもらったな
そのぶん見られなかった景色の多さも際立つ 25試合も行った!と言ったところで つまりあとの約120試合は見られなかったわけだからね

ところで「神様に素手で触れられない病」は引き続き罹患している
それでも好きになって4年目 現地観戦を重ねていくうちに 伝えたいことの多さがいよいよ病を凌駕してきた
ジリジリと距離を詰め しかしながら近寄るたびに喉がすぼまってなにも言えず カオナシと化す日々を続けた結果
レギュラーシーズン最終戦のあの日 セレモニーののち 挨拶のためライトスタンドへ向かう山田さんにひとこと
「山田さんおめでとう!」
と声をかけられた
安定のノーリアクションですが 届くことは届いていたらいいな まあ声だけはでかいオタクなので
言いたいことは死ぬほどあるものの
やっとその一端を伝えられた……というか 表に出せたことがうれしかった 単なる自己満足でしかないとしても

10月14日 正真正銘今季最後の試合の日も神宮球場にいた
いまさらなぜとは言わないが 悔しさとかつらさとかそれでも真っ向から立ち向かってくれた推しや選手たちへの感謝の気持ちとか ないまぜになって内野スタンドで大泣きするわたしをよそに
山田さんは案外けろりとしていて(そういうふうに見えただけかもしれない はけるとき手とか振ってなかったか!?見間違いかな)
去年と立場が真逆やんけと思ってちょっとだけ笑った

さんざん泣いたら満足して 帰りの準備を済ませたあと
レフトスタンドのほうを見た 巨人ファンで埋め尽くされたその場所に立つ柱
あのレフトポールの下にはオタクの死体が埋まっている
神様に近寄るのが怖くて自宅を出られずに パソコンの画面の前で毎日 泣いたり笑ったりしていたオタクの死体が
無事成仏できたかな~まだかな そういえば去年のシーズン終盤は 推しの2000本安打が見たいとか引退試合が見たいとか遠い未来のことばかり考えていた気がする それを叶えるまで成仏できないかな ハードルが高いな
まあそれ以前にまだ見ていない景色伝えていないことやまほどあるので
少なくとも来年は同じ場所にいるだろうと思う

そしていつもどおり信濃町へ向かうため通りがかったクラブハウスの前
暗闇に紛れてよく見えなかったが選手がいるようだった まわりのちなヤクたちが温かい言葉をかけている様子を見て 気が狂っていたわたしも「ありがとう来年がんばれ~!」と声を張り上げた すると
よくよく見るとそこにいたのは山田さんだった
お前か~い……………………(^_^)/
いや山田さんだってわかっていたらもうちょっと気の利いたことを……は!?語彙力のないオタクに""気の利いたこと""が言えるかよ つ~かもはやこれ以上なにをどう伝えればいいのかわからねえ もしかして言いたいことってそこまで多くないどころか これだけ……なのでは!?
4年目の秋 まだ自分のことはわからないまま 選手オタクの日々は続いていく